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東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)10号 判決 1970年9月11日

原告 豊田貞夫

被告 東京郵政局長

訴訟代理人 伴喬之輔 外九名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、申立

原告

「被告が昭和四三年七月一〇日原告に対してなした停職一ケ月の懲戒処分を取り消す。

訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

被告

主文一、二項同旨の判決

第二、請求原因

一、原告は東京郵政局所轄浅草郵便局保険課に勤務する郵政事務官であり、全逓信労働組合(以下全逓という)浅草支部執行委員をしているものであるところ、被告は昭和四三年七月一〇日付で原告に対し、国家公務員法八二条、人事院規則一二-〇により停職一ケ月の懲戒処分(以下本件処分という)をなした。処分説明書の記載によれば、右処分の理由は、「原告はさきに懲戒処分に付され、将来を厳重に戒められていたにもかかわらず、昭和四三年五月一〇日、浅草郵便局窓口事務室において、同局庶務課主事某(数納保徳)の胸部等を身体あるいは両手をもつて押す等して転倒させ、同主事に対し安静加療約二週間を要する傷害を負わせる等して著しく職場の秩序をびん乱した」というにある。

二、しかしながら、原告は右処分理由に該当する暴行傷害行為を行なつた事実は全くなく、本件処分は違法であるから取り消さるべきものである。

三、原告は本件処分について昭和四三年九月七日人事院に対し審査請求をなしたが、三ケ月経過後も裁決なされていない。

よつて、原告は本件処分の取消しを求めるため本訴に及ぶ。

第三、被告の答弁及び主張

一、請求原因一項の事実(処分説明書にいう庶務課主事某とは数納保徳を指す)、同三項のうち、原告がその主張の日人事院に対し審査請求をなしたが、三ケ月経過後も裁決がなされていないことは認めるが、同二項の主張は争う。

二、原告は昭和三八年二月一五日勤務時間内の職場大会に参加し、勤務を欠く等の行為をしたことにより、同年三月八日被告より国家公務員法八二条に基づく戒告処分を受けた。

三、本件処分に至る経緯は次のとおりである。

1  全逓は昭和四二年末、労働時間短縮、日曜配達廃止の完全実施、年末手当の獲得等を要求して、秋季年末斗争を展開し、全逓浅草支部は全逓中央本部の指令に基づき、同年一二月一日以降、時間外労働拒否、休暇戦術、業務規制斗争として、いわゆる意識的かつ速効的な物だめ(郵便物を滞留させる)斗争等を行なつた。その結果浅草郵便局では、郵便業務の最繁忙期において大量の郵便物の滞留を生じ、滞貨郵便物は一二月五日に約一二万六千通に達し、斗争妥結後の同月一五日になつてもなお約九千通が存在するという状況であつた。

翌四三年春、全逓はさらに大巾賃上げ等を要求して春季斗争を展開し、全逓の所属する公労協は同年四月二〇日以降三波にわたる統一ストライキ宣言を発表した。全逓浅草支部は中央本部の指令に基づき、同月一六日以降の三六協定締結を拒否し、業務規制斗争を強化するなどの斗争を行なつたため、浅草郵便局では同月一六日以降一日約四千通の郵便物の滞貨が生ずるに至つた。

2  浅草郵便局における右のような郵便業務の混乱、郵便物の遅配の事態に対し、一般部外者からの苦情が耐えなかつたこともあつて、全逓浅草支部組合員の中から、同支部の前記行動を批判する声が起り、右批判者らは同年四月二二日支部役員に対し書面をもつて「組合の行動は納得できない、良識ある行動をとられたい」旨の申入を行なうに至つた。これに対し同支部はこれら組合批判者に対して職場内で集団抗議する等の挙に出るようになつた。本件の暴行傷害事件は、組合批判者の一人である藤森勘次に対する集団抗議の際に発生したものである。すなわち、同支部は同年五月一〇日午後零時二五分から午後零時三八分頃までの間、約一五〇名の組合員らを動員し、そのうち原告を含む約四〇名が数名の職員が執務中の貯金課窓口事務室に押しかけ、執務中の同課主事藤森勘次に対し、前記申入書について集団抗議を行なつた。そこで同局の安藤局長及び大野貯金課長らは、「貯金課窓口は執務中である。客にも迷惑がかかる。藤森主事も執務中であるから全員解散し、退去しなさい」と全逓浅草支部の高橋支部長、牧副支部長、山崎執行委員および全逓東京地区本部中井執行委員らをはじめ抗議参加者全員に対し解散退去を命じた。この際原告は右解散退去命令に応じようともせず、安藤局長の方ヘカメラを向け、同局長を撮影したので、折柄、同支部の抗議行動を調査すべく、その場に居合わせた同局庶務課主事数納保徳が原告の右脇へ行き「豊田君やめなさい、職場の中で勝手にそのようなことをしてはいけない」と原告に注意したところ、原告は同主事に対し「あんたは関係がない、向うへ行け」といいながら右肩で同主事の胸を二、三回にわたり強く押した。同主事は上体をのけぞらせながら組合役員らがたつている背後の通路を約一、五米後退させられた。同主事は押されながら「君のそのような行動は許されない、退去命令もでているのに全く勝手な行動だ、退去しなさい」と命じたが、原告はさらにカメラの紐を握つた右手を同主事の左上縛部にあて左手を同主事の左乳下部付近に押しあて、前かがみになつて同主事を約一米にわたり力を入れて押した。このため同主事は体の重心を失ない、足がもつれてその場に転倒し、安静加療約二週間を要する右足捻挫内出血の傷害を負わされたのである。

被告は原告の右行為に対し、昭和四三年七月一〇日国家公務員法八二条および人事院規則一二-〇によつて本件処分をなしたものであり、本件処分は何ら違法ではない。

第四、被告の主張に対する原告の答弁、反論

一、被告の主張二項の事実は認める(但し原告は、被告主張の日勤務時間を欠いたのみである。)、三項1のうち、郵便物の滞貨数の点は不知、その余の事実は認める、同2のうち、被告主張の日午後零時三十分から同三八分までの間、全逓浅草支部の高橋支部長外被告主張の役員、組合員らが藤森主事に対し抗議をしたこと、原告がその際写真撮影をしていたこと、原告が数納主事に対し「あんたは関係がない、向うへ行け」といつたことは認めるが、その余の主張事実は否認ないし争う。

二、原告は前記日時、従前から局側と交渉の際、局側が屡々暴力事件を問題とすることを憂慮し、保険窓口控机上、保険、郵便の窓ロカウンター上から状況撮影を行なつた後、高橋支部長、山崎執行委員の間にいつて写真撮影をしようとしたところ、数納主事は右山崎の背後から「公務執行妨害だ」と大声でわめきながら腕を組みつつ身体をぶつつけてきた。そのとき数納主事は原告のカメラを払い落そうとしたので、原告はカメラを両手でかばいながら、「あんたには関係ない、向うへ行け」といつてシヤツターチヤンスを待つていた。その後数納主事は右山崎およびその隣の中井の背後から、なおも「公務執行妨害だ」とわめきながら身体を押しつけるうちに、大倉青年部常任委員の前に急にしやがみこんだものである。右のような状況の下で、原告が数納主事に対し暴行を加えるということはありえない。

第五、証拠関係<省略>

理由

一、請求原因一項の事実および原告が本件処分前に被告主張の戒告処分に付された事実は当事者間に争いがない。

二、本件処分の処分理由たる事実の存否について、以下判断する。

被告が本件処分に至る経緯として主張する1の事実(「事実」第三、三、1)は、全逓浅草支部が行なつた昭和四二年一二月の年末斗争および昭和四三年四月の春季斗争により浅草郵便局において生じた郵便物の滞貨数の点を除いて当事者間に争いがなく、<証拠省略>によれば、右郵便物の滞貨は昭和四二年の年末斗争においては、一二月一日以降逐次増加し、同月五日には約一二万六千通に達し、右滞貨が解消したのは同月半ば頃であつたこと、昭和四三年の春斗においては、四月一六日以降、一日四千ないし五千通、最高で約五万六千通に達したことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

<証拠省略>に弁論の全趣旨を総合すると、」以下の事実が認められる。

(一)  右のような浅草郵便局における郵便物の遅配に対して、・一般部外者から電話等による苦情が局にもちこまれたが、全逓浅草支部組合員の中からも、同支部の前記斗争を批判する者があらわれ、昭和四三年四月二二日右批判者の有志が同支部高橋支部長宛に「法治国において公務員が法で禁止された争議行為を行なつてよいのか、かかる斗争にはついてゆけない、組合役員は良識ある行動をとられたい」旨の申入書を提出した。右申入書は翌二三日局側の承認をえて右批判者らによつて同支部の組合掲示板に掲示された。

これに対し、同支部は同月二四日右批判者の行動は組合の団結を破壊するものとして、右申入書提出の首謀者とみられた同局集配課の主任影山岩吉および貯金課の主事藤森勘次を組合から除名した上、右批判者に対し職場内で集団抗議を繰り返した。すなわち、影山主任に対しては同年四月三〇日の昼休時および五月六日の終業後それぞれ集配課の組合員らが集団抗議を行ない、右藤森主事に対しては後記のように五月一〇日および同月二四日に多数の組合員を動員して集団抗議を行なつた。

(二)  五月一〇日の昼休時、同支部は、右批判者らに対する抗議集会を開いたのち、藤森主事に対し集団抗議を行なうため、二手に分れ、まず同日午後雰時二五分頃同支部北村執行委員ら組合員約一〇名が、藤森主事を含む数名の職員が執務中の同局貯金課窓口事務室の出入口から右事務室内に入ろうとした。折柄、右集団抗議行動を事前に察知して、これを制止するため右事務室に赴いていた同局庶務課労務主事数納保徳は北村執行委員らに入室の理由等を質し、右組合員らの入室を阻止していた。その直後、同局の安藤局長も右事務室にきて、北村執行委員に「執務中だから帰りなさい」などと注意し、右組合員らとの間に押問答が交わされた。かくするうち、右事務室の隣りの郵便課事務室の方から、同支部の高橋支部長、牧副支部長、山崎執行委員および原告の外組合員二、三〇名の一隊が右貯金課窓口事務室へ入つてきて、執務中の藤森主事に対し集団抗議を始め、北村執行委員らに率いられた組合員らも右事務室出入口から数納主事を押しのけて右事務室内へ入つてきて、右集団抗議に加わつた。安藤局長および大野貯金課長は、数回にわたり「貯金課窓口は執務中であり、客にも迷惑である、藤森主事も執務中であるから、全員退去しなさい」と高橋支部長ら組合役員および抗議参加者全員に対し退去命令を発した。これに対し組合役員の一部から逆に局長らに退室を求め、これに呼応して組合員らの声が上り室内は騒然となつてきた。その際、原告は安藤局長の方に所携のカメラを向け、同局長を撮影したので、数納主事は、原告の右行為をみて、それを制止すべく、原告の右脇へ近寄り、原告に対し「豊田君、そのようなことは許されていない、やめなさい、退去命令も出ているから退去しなさい」と注意を与えた。原告は数納主事に対し「あんたには関係がない、向うへ行け」と答え、応じようとしなかつたので、同主事がさらに注意したところ、原告は同主事の方に向き直り、右同様のことをいいながら、やにわに、稍前かがみの状態で、右肩で同主事の胸部の左乳下付近をぐいと二、三回押した。同主事はこらえ切れず上体をのぞけらせながら、組合役員らが立つている背後の通路を約一・五米後退させられた。同主事は押されながら、「そ」のような行為は許されない、公務執行妨害にもなる、退去命令も出ているのにそのようなことをしないで退去しなさい」と命じた。しかし原告はさらにカメラの紐を握つた右手を同主事の左上膊部付近にあて、左手を同主事の左乳下部付近に押しあて、前同様前かがみの状態で同主事をさらに強く押した。そのため同主事は体の重心を失ない、足がもつれて右足を内側へねじるような恰好で後方へ尻餠をつくようにして転倒し、その結果、安静加療約二週間を要する右足捻挫内出血の傷害を負つた。

以上の事実が認められ、右認定に反する<証拠省略>は、いずれも前掲証拠に対比して信用できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

三、右認定の事実によれば、原告は昭和四三年五月一〇日浅草郵便局窓口事務室において同局庶務課主事数納保徳に対し、肩或いは手で押すなどの暴行を加えて転倒せしめ、その結果安静加療約二週間を要する右足捻挫内出血の傷害を蒙らせたことが明らかである。原告の右行為は著しく職場の扶序を乱したものというべきであり、国家公務員法八二条三号に該当することは明らかであるから、被告のなした本件処分は適法である。

よつて原告の本訴請求は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 兼築義春 吉川正昭 神原夏樹)

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